Sailing in the Dawn

残酷な運命も変えなくていい。

海に消えた彼女へ

 

ツアー参戦を経て、あの時のもやもやを消化する時が来ました。

 

既にたくさんの人が各々の解釈を述べているような気がしますので、何番煎じかわかりませんが、居てもたってもいられず筆を取りました(大袈裟)ので、まずはみなさん、Kis-My-Ft2の最新アルバム、Yummy!!を手に取りましょう。

 

Yummy!!(通常盤)

Yummy!!(通常盤)

 

とりあえず通常盤でかまいません。いや某TSUTAYAで借りてもいいんですけど、そうしましたら通常盤なら7曲目、初回盤なら6曲目を再生しましょう。よろしくお願いします。

 

今回のYummy!!はどちらかといえば前向きな曲が多く、その中でこの「蜃気楼」は群を抜いて重たい曲です。いろんな意味で。

楽曲としては、作詞作曲した方のお名前からも「Flamingo」と「One Kiss」の続編であると考えられます。前者では片思いの様子が、後者では2人での海辺の夜が描かれています。つまり恋は成就しているのです。

 

しかし、蜃気楼では明らかに様子がおかしく、主人公は1人になってしまっています。そのやり切れない無念さや整理できない淋しさが描かれ、キスマイ史上最も切ない曲と言っても過言ではないのではと。その歌詞の中身を勝手に解釈したので、お暇な人はどうぞ。

あくまでも個人の意見ですので悪しからず。

 

 

まずは蜃気楼とはなんぞやということですが、Wikipediaでは「密度の異なる大気の中で光が屈折し、地上や水上の物体が浮き上がって見えたり、逆さまに見えたりする現象。」と説明されています。要するに、見えるはずのないものが、そこに見えている現象です。

そして、蜃気楼には3つの種類があり、そのうち海辺で見えるのは「浮き上がり型(上位蜃気楼)」と呼ばれているそうです。またこの浮き上がり型の蜃気楼についてtenki.jpでは、

春から夏にかけての「よく晴れた」「風のない」「日中」に発生します。

参考:https://tenki.jp/lite/suppl/okuyuki/2016/03/22/10901.html

とのことです。たしかに逃げ水(下位蜃気楼)も夏によく見かけますし、蜃気楼自体が夏のイメージです。秋から冬の寒い季節には見たことないですね。

 

 

それでは歌詞にうつります。

最初の一節は北山くんですが、ここで色々な情報が提示されていきます。

雑踏を抜け 海際へSlip away

波音が遮るノイズ 「二人きりみたいだね?」

「二人きりみたい」ということは、言い換えると「二人きりではない」ということです。

それでは今、彼は何人でいるでしょうか。「slip away」は黙って出発するというような意味なので、彼は誰にも告げずに海際へ出かけたということになり、彼は、今1人で海にいることになると思います。「One Kiss」では数センチの距離にいた彼女はここにいない、ということです。ただ、彼女の思い出とともに海へ来て、誰の声もしない、「二人きり」の空間みたいだね、と思ったのかなと。

 

 

次が玉森くんのパートです。

あの笑顔を"幻"へと連れ去った

嘘みたいに 早い夏の終わり

「あの笑顔」はOne Kissでは「幼気に僕をからかう」と表現される君の笑顔なのでしょう。

「嘘みたいに」ということは、想像もしていなかった早い幕切れだったのだと思います。おそらく季節としての夏が終わると同時に、恋に燃え上がった夏という時間が終わってしまったんだろうと。きっとこの恋はいつまでも続くような気がしてたという意味でもあると思います。次の藤ヶ谷くんのパートでは、「サヨウナラ」を交わす間もなく別れてしまったことが伺えます。そして、その別れからはまだあまり時間が経っていないので、鮮明に思い出すことが出来る。私はこの1番のここまでの歌詞から、曲の情景を、夏が終わり秋の風が吹きはじめた誰もいない海辺での歌として捉えています。

 

色あせていく フラッシュバック 何度も抱き留め

あぁ 消えないで 消えないで 身勝手に No

微かに残る気配も 奪いながら Don't go

宙を迷うように 探しても 蜃気楼

サビに来て、初めて彼の思いがあらわになります。

「消えないで」

行かないで、より先に消えないでという言葉が出てくることが、本当に突然の別れだったんだなというように思えます。そして、もう二度と会えないんだろうなという気持ちが見えている気がします。また、「色あせていく」というのが、前2曲との流れを感じさせます。「溢れ出した熱の色」、鮮やかなピンク色だった恋の色が、色あせていつしか気持ちがモノクロになっていってしまうような。

そして、ここでついに「蜃気楼」という単語が登場します。しかし、先程申し上げた通り、蜃気楼は春か夏の暑い時期にしか見えないものですが、この曲の舞台は秋、少なくとも夏は終わっている。つまり蜃気楼が見えるはずはない。「蜃気楼」は春に恋焦がれ、夏に激しく燃え上がった恋の象徴であり、今は見えない彼女の暗喩なのかなと……

 

2番に入るとビターな二階堂さんの声が聞こえてきます。

沖に浮かぶ"幻" Take me away

あの日残した足跡はあるはずもないよね?

"幻"は蜃気楼を指すでしょうか。「Take me away」は私を連れて行って。蜃気楼の見える季節まで連れて行ってくれ、という願いにもにた言葉ですが、二階堂さんの声からは諦めがにじみ出ています。きっと、「あの日残した足跡」は「不器用に砂と戯れ」た時の足跡のことかと思うと、それは月日が流れてしまって当然ないわけで。「あるはずもないよね?」と聞いてるけど、ないとわかっていてなお、どこかに彼女の気配を探そうとしているような気がするんです。心がしんどい。

千賀くんのパートでも1番の玉森さんと同じように「嘘みたいに」という言葉が出てきます。まだ信じられてない、現実を受け入れられてないという気持ちなんでしょうか。

 

眼を閉じれば いつも一緒だけど

アリガトウを伝える間もなく You come and go...

宮田くんのパートでは、藤ヶ谷くんの「サヨウナラを交わす間もなく」よりも無念さが滲み出る歌い方になっています。本人の語気の問題もありますが、曲のディレクションとしては別れの挨拶より、感謝を伝えられなかったことを後悔しているような気がします。

 

この歌詞、この辺でなんとなく、彼女はどうして居なくなってしまったのか、については全く触れられないことに気が付きます。ただただ急に消えてしまった彼女、というか。しかし、キスを焦らしてくるような彼女でしたから秘密があって急に消えてしまったなんてことも…?なんて思ってたんですが、2番のサビでその疑問が解決します(私の中で)。

薄れていく フラッシュバック 何度も抱き寄せ

あぁ 行かないで 行かないで 呆気なく No

行き場を失った想いも連れてってよ Don't go

波に溶けながら 逃げていく 蜃気楼

「呆気なく」という単語があまりに刺さった。呆気ないという言葉は物足りない、という意味。予想に反して簡単に、という意味。わりと呆気なかったな〜という感じ。でもこの主人公が彼女との別れに、そんな軽い感じでがっかりしてるわけなくて。ただ、「呆気ない」という言葉は、もっと悲しい使い方をされる時があります。

彼女は突然、彼の目の前から、ではなく文字通りこの世から消えてしまったのでは。

たとえば会った次の日に彼女がいなくなっていただけだとしたら、「どうして?」という疑問が浮かぶと思うんです。そして、彼女に対しての疑念も。彼女から急に別れを告げられても「どうして?」となると思うのです。しかし、この歌詞には疑問や疑念などの感情は浮かんできません。だから主人公は、「彼女がいなくなった理由」がはっきり分かっているんだと思うのです。

さらに、彼女はずっと何かの病気を抱えてたとかではなく、本当に突然亡くなったのかなとおもっています。

そう強く思ったのが「フラッシュバック」という強いマイナスの概念である言葉を使っていることです。フラッシュバックは、とても強いストレスを引き起こすような記憶を急に思い出してしまう、という時に使います。普通はフラッシュバックは無くしたいものでなるべく避けて通りたいものなのに、「フラッシュバック」でよみがえる彼女の記憶すら色あせて欲しくない、とその記憶にすがりついてるような感覚を受けるのです。また、恋が成就し「One Kiss」では海辺で「いつもははしゃぐ二人」と描写されることから、彼女は至って普通に生活し、主人公とデートしていたと考えられないでしょうか。「Flamingo」では主人公はほろ酔いで、シャンパンの描写がありますし、また「One Kiss」の冒頭の「琥珀色」はウイスキーの色。彼女が急に倒れ夏とともにいなくなったとも考えられますが…

ただ、もうひとつ私が考えていることがありまして、これは本当に想像と言うより妄想に近いんですが「波に溶けながら 逃げていく 蜃気楼」の部分、そして冒頭の「二人きりみたいだね?」というセリフを受けて。

 

彼女の命は海に消えていったのではないか、というのが私の推測です。

 

だから主人公は、海に向かって「二人きりみたいだね?」と言った。二人きりじゃないのだけど、海を彼女と見立てて、二人きりと表現したのかななんて。「みたい」というのは比喩だけでなく、遠回しの断定にも使われるため、どちらの意味にも取れるのでは。そして彼女のことを表している「蜃気楼」は波に溶けていく…

まあ考えすぎなのかもしれませんけど……ただ少なくとも主人公にとって、彼女といえば海だったんじゃないかなと。

(さすがに自死ではないと考えています。万が一そうならそちらもやはり彼女への疑念はもちろん、自分を責めるような気持ちが浮かぶような気がします。そうではなく、ポッカリと穴が空いたような、空虚感だけのような気がするのです)

 

それにしても「行き場を失った想いも連れて行ってよ」があまりにも辛い。彼女には「行かないで」と言いながら、この気持ちと一緒に自分も連れて行ってと叫ぶようで、かなり混乱してるというか…好きだという気持ちをぶつける宛がなくて海に来て、さらに自分で自分の首を絞めてるようなそんな感覚。サヨウナラもアリガトウも何も伝えられなくて、どうしようもなく悔しくて悲しくて……はァ……書いてるだけで涙が……

 

やがて空は満ちる海と世界を包み込んだ

「眼を閉じるだけで すぐに逢えるよね?…」

当たり前のように 明日もFall upon me 暖かく日は昇る

見えるはずのない蜃気楼を見ながら、きっとずっと同じ場所に座っていたのでしょう。気がついたら夜になっていた。そして彼は眼を閉じれば、夢の中でなら、彼女にまた逢える…と、誘われるように眠りについてしまったのかな……と。

でも現実は残酷で、明日はどうしようもなくやって来てしまう。

日が昇り、暖かく迎える朝だけれど、夢が覚めて欲しくないから、明日だって訪れて欲しくない。ここに「Fall upon me」という、「日が昇る」とはまったく逆の動作の言葉が使われているのが詩的だなと思います。彼にとっては、明日は否応なしに落ちてくるもの。太陽の暖かさすら、彼にとっては受け入れられないものになっているのかな…

 

 

この歌詞の解釈があってるかどうかは、ライブでのパフォーマンスを見ないと、確かめようもないかなと思ったので、参戦するまではこの記事書けなくて。だから、発表から随分時間が経ってしまったんですけど…

ライブでは、冒頭からスクリーンには海辺が映し出され、一人一人がイスを使ったパフォーマンスは、まさに「消えてしまった彼女」を想起させるものでした。近くで見れなかったので表情まで見えたのは一部のメンバーだけなのですが(それもモニターで抜かれただけ)、北山くんかなぁ、愛おしそうな表情だったのがすごく印象的で。ただフラれただけなら、そんな表情にならないのかなぁなんて思うと、やはり彼女は……きっとこの世にもういない。

 

消えないで 蜃気楼

行かないで 蜃気楼

蜃気楼 Please don't go...

蜃気楼は彼女の暗喩であり、過ぎ去った熱い季節を想起させるものであり、そして……本来「蜃気楼」は近づいたとすれば消えてしまうもの。

二度と触れられないとわかっているからこそ、遠くにしか見えない、そして暑い時期にしか出会えない「蜃気楼」に例えたのかな…と思うとあまりに切ない恋。

 

 

一部、過激な妄想を含みますが、これが私の「蜃気楼」のお話。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

他にもう既に蜃気楼の歌詞考察ブログは存在してるし、私と同じことを考えてる方もいらっしゃるかもしれません。というか、いてほしい。同じ意見の人が欲しい。でも自分の中の決着がつくまでは人の意見や言い回しに流されたくなくて、一切読んでなくて。だから、これからほかの方のブログを読むのがとっても楽しみ。こんな解釈ブログありますよ、って教えてくれるととても喜びます。正解はひとつではないですし、いろんな解釈を読んでみたいんです。

そしてこんなに素敵な曲を私にプレゼントしてくれたキスマイありがとう。夏に海いったら超しんどくなりそうね。

 


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二人きりみたいだね?

 

それでは。