読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Sailing in the Dawn

残酷な運命も変えなくていい。

KAT-TUNとの出会いを振り返るの巻


アルバムを語るシリーズ書いてたんだけど(前のエントリー参照)、先にケリをつけておかなきゃどうしても気持ち悪かったので、私とKAT-TUNの航海の軌跡を振り返っておくことにしました。

ちがう、ちがうんだよ、だってね、Wikipedia見て、うわっと思ったんだよ。うわって。
だってさ、活動期間 2001年-2016年(活動休止)って書いてあって、うわーーーーーとなったわけ。なんか、活動休止って言っても亀だって上田くんだって中丸だって、テレビの中に存在するんだもの。ずっと実感がなかったのよ。でも字面で見て頭抱えたよ。このまま(活動休止)が外れなかったらどうしようと思って。とくに私の好きなバンドが活動休止したままなかなか帰ってこなくて、事実上の解散とも言われてて、その時が来たらって言ってもいつになるかわからなくて。
だからWikipediaで見てなんか活動休止してる、という事実が今更のしかかってる。

つらい。

KAT-TUNという船に乗ってから、つらいことおおかったよ。でも、好きにならない人生考えられないから仕方ないし、好きになってしまったから仕方ないよ。しかたない。
そうしかたない!!!!!!!!


KAT-TUNに出会ったのは、不思議なことに、朝のニュース。ヲタ的にはWSね。たぶん冬休みだった。なんで早起きしたんだったかな。
報じていたのは、海賊帆の横アリ公演。
そこでなんだかとんでもないものを見た気がしていた。紫色のゴッテゴテの衣装に、船がど真ん中にあるセット。スモークの中で風に吹かれる6人。くらいしか覚えてないけど、おそろしく印象に残ったのは覚えてる。

次にKAT-TUNにふれたのは時期的には当然ごくせん。
これまた面白いことに、KAT-TUNというグループに出会ったからといって、ごくせんに直結したわけでもなく、ただただ友達が矢吹隼人(=赤西仁)がとんでもなく好きになっていて、見ろ見ろとけしかけられて、ようやく見たのが最終回の一話前。おっそ。
もちろん9話の内容的に軽率に竜くんを好きになるわけですが、これがKAT-TUN亀梨和也であるという認識に至るまではもう少し時間がかかる。

そして次にKAT-TUNと出会うのが、2005.05.20のMステである。詳しくはアルバムの時に譲るけど、ここがわたしの原点であり、もともと楽曲厨でありパフォーマンス厨なのはこの曲のせい。そして、KAT-TUNってあの海賊の人たちなのかという認識、そしてついにKAT-TUNというグループに矢吹隼人と小田切竜がいることに気づく私。
この日の感想を一言でいうとひえーーー!!!って感じ。中学生になりたてでしたが、小学校では児童会(生徒会みたいなやつ)役員を二年連続で務め、成績も良かったいわゆる優等生だった私は、このあと、少女漫画にありがちな「真面目ちゃんがヤンキーにハマる」的な展開に巻き込まれていくのだった。ジャニーズは沼。

時は過ぎて2005年7月。たしか二週目くらい。KAT-TUNに出会う前に山ピーが好きになっていた私は、中学のクラスで錦戸くんが好きな人を見つけて、一緒に遊びに行った先で人生初めてのドル誌を買う。関ジャニが表紙のP誌。そこでまたKAT-TUNに出会う。そしてようやく6人の名前と顔が一致するのであった。キラキラ笑顔の亀梨和也、いかつい見た目の田中聖、爽やか王子の田口淳之介、女子かと見間違う上田竜也、はにかみがかわいい赤西仁、そしてチャラ丸。ルッキン魂のレポも掲載されていたし、ダンスダンスレボリューションのゲームのCMに仁亀が起用されてた話も書いてたし、そのP誌はたしかホッチキスが取れてバラバラになるまで読み倒したような。(笑)

そこから私とKAT-TUNの道は急接近する。
グラチャンの応援サポーター就任、歌笑のスタート、野ブタ。とどんどんKAT-TUNに触れる時間が増えていき、そしてメジャーデビューが決まり、露出もどんどん増え、私はいつの間にかKAT-TUNと、赤西仁の虜になっていたのだった。(雑)

そう、お読みいただいておわかりのとおり、KAT-TUN沼にいつ堕ちたのかははっきりしないのである。堕ちたのではなく、いつの間にか引きずり込まれてにどと出れなくなってたみたいなかんじ。沼じゃなくて蟻地獄。おそろしい。実にKAT-TUNはおそろしい。

であってから実にじっくり1年。1年かけて好きになったKAT-TUNへの愛は、このとき、まだ山ピーへの愛を超えられてなかったのもまた事実でありました。このころ、NEWSは内くんと草野のごたごたで活動休止に追い込まれており、NEWSファンには辛い時期でしたが山ピーはクロサギで絶好調にかっこよかったので、抱いてセニョリータは買っても、Real Face買ってないし、フィーバーとフューチャーは買っても、やっぱりSIGNALは買っていなかったのでした。いまかんがえたらけっこう不思議。フィーバーとフューチャーってなつかしくない?もうみんな覚えてないでしょ、タイから来たゴルフとマイク(笑)

そんな時、やってきた大きな波が、赤西さんの留学。
さすがにそろそろNEWSが恋しくなってきたころに、ダメおしみたいな感じで突如やってきた大波。あの頃のことは、あんまり覚えてない。ただひたすら、突如5人になったKAT-TUNを受け入れられなくて、僕らの街で、のプロモからも目をそむけていました。そこに追い討ちをかけるような母の言葉。

「もう帰ってこないんじゃないの?」

泣いた。赤西さんがいなくなって、初めて泣いた。自分でもびっくりするくらい泣いた。その時ようやく、気づいた、わたしがこんなに赤西仁が好きになっていたんだと。
年明けてNEWSが帰ってきても赤西さんからは音沙汰ないし、こいしくて、悩んだ末、星をめざしてを買ってしまってお金ないからのこってたお年玉かき集めて、KAT-TUNのリアル魂DVD買って、でも部活がいそがしくて見るひまなくて、購入4日後、赤西さん帰国。


おい!!!!!!!!帰ってくるなら早くいえ!!!!!!!


あれよあれよという間に、赤西さんが戻り、冠にも登場し、Mステにも漫画魂にもでて。もっさもさの黒髪で帰ってきたと思ったらいつの間にか茶髪になってて、夏になったら微妙に短くしすぎてて、有閑倶楽部に主演が決まって、きぷふぇがかっこよすぎて、白黒のボーダーニット買ったよね。デニムを茶色のブーツにインして、ストールまで買うのはやめたけど、まさかの赤西さんの格好を真似するっていうバカをやるまでの痛いヲタクに変貌していきましたとさ。

まじで山ピーへの愛どこいったレベル。


こっから、KAT-TUNへの愛全盛期だけど長くなりすぎるから、今日はここまででおしまい。2005〜2007年までをお届けしました。終わらねえ。